投稿者 : akikawa 投稿日時: 2015-03-11 15:45:58 (1741 ヒット)

2014年8月17日 『赦されているということ』 ローマ人への手紙3章22〜28節

 

 3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。
 3:23 すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、
 3:24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。
 3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、
 3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。
 3:27 すると、どこにわたしたちの誇があるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。
 3:28 わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。

 

 私たちは、さまざまな人間関係の中で、「赦されている」ということを体験します。

 私自身も、間違い、失敗、健康面の問題、未熟な経験、未成熟な人格など、沢山周りの方々に赦されて生きています。

 私たちは先ず、親子関係の中で赦されているということを体験しています。こんなに取るに足りない者なのに、こんなにも愛してくれているということを感じて、驚きと感謝と畏敬を持つことがあります。

 それでも親は限界のある人間ですので、許容量に限界があります。時と場合によって変わることもあるでしょう。また、永遠に元気で存在するということはありません。しかし、このことから私たちは、親の愛以上に私たちを愛し、赦し、受け入れてくださっている神様がおられることの恵みを実感し、感謝するものでもあります。

 神様には限界がありません。永遠のお方です。イエス様を救い主と信じる信仰によって、天地万物を創造された神様と親子関係が結ばれて、「お父さん」と祈りの中で呼びかけることができるようになるのです。

 人間関係において「赦されている」体験は、イエス様による永遠の神様の赦しの偉大さを垣間見るときでもあります。

 永遠に変わることのない神様の愛と赦しをイエス様によって受け取っている恵みを感謝しましょう。ハレルヤ!

 

 


投稿者 : akikawa 投稿日時: 2015-03-11 15:15:09 (890 ヒット)

2014年8月10日 『赦すということー親に対してー』 

エペソ人への手紙6章1〜3節

 6:1 子たる者よ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことである。
 6:2 「あなたの父と母とを敬え」。これが第一の戒めであって、次の約束がそれについている、
 6:3 「そうすれば、あなたは幸福になり、地上でながく生きながらえるであろう」。

 

 私たちは、親との関係から御言葉の真理を学ぶことができます。

 私たちは親に対して、尊敬できずに反抗を続けていると心がすさんでくる、つらくなる、さびしくなるなどの状態になり、心が幸せではなくなるのではないでしょうか。つまりは、罪責感のために幸福感が失われている状態とも言えるのではないでしょうか。

 親との関係は年齢に応じて変化していきますが、私たちが何歳になったとしてもこのことは起こってくるのではないでしょうか。

 親を敬えないときはどんなときでしょうか?父親が母親を大切に扱っていないとき、また、母親が父親を尊敬していないとき、つまり、聖書の夫婦の教えである「あなたがたは、それぞれ、自分の妻を自分自身のように愛しなさい。妻もまた夫を敬いなさい」(エペソ5:33)に親が従っていないときというのが根本原因ではないかと思うのです。

 しかし、親も人間ですから完全な人はいません。そこで、子どもである私たちにできることは「親を赦す」ということです。自分も親も欠けと弱さを持った不完全な人間であるということを知ることです。そして、同じ罪人として、イエス様による救いを必要としている人であることを知ることです。そうすることによって、イエス様による神様の愛が与えられて、親への尊敬が生まれてきて、幸福感が与えられるのです。

 神様の御言葉は真理です。親を尊敬することができないときは、親を赦すときです。イエス様の愛によって導かれてまいりましょう。ハレルヤ!


投稿者 : akikawa 投稿日時: 2015-03-11 14:49:04 (715 ヒット)

2014年8月3日 『赦すということ』 ヘブル人への手紙10章12〜22節

 

10:12 しかるに、キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、
 10:13 それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる。
 10:14 彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全うされたのである。
 10:15 聖霊もまた、わたしたちにあかしをして、
 10:16 「わたしが、それらの日の後、彼らに対して立てようとする契約はこれであると、主が言われる。わたしの律法を彼らの心に与え、彼らの思いのうちに書きつけよう」と言い、
 10:17 さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。
 10:18 これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。
 10:19 兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、
 10:20 彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、
 10:21 さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、
 10:22 心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか。

 

 私たちは、「赦す」ということを神様から学びたいと思います。

 それは、自分が神様から「赦されている」ということを体験することから始まります。

 イエス・キリストは私たちの罪を赦すために、約二千年前に神の子でありながら人の姿をとってお生まれになり、およそ33歳のときに、私たち全人類の罪をその身に負われ、ご自身は何一つ罪を犯されなかったのに、私たちの身代わりとなって罪の罰を十字架刑によって受けてくださり死なれたのです。そして、三日目によみがえり、40日目に天に昇られ、イエス・キリストは今も生きておられる救い主です。イエス様は、ご自分を救い主と信じる者に罪の赦しを与える道を開いてくださいました。聖書にはその約束が記されています。

  イエス様による「赦し」の恵みは、完全な「赦し」であって、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」(17節)とあるように、罪を思いださないと言われるのです。

 また、「赦し」を与えた者に対して、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか。」(19〜22節)とあるように、親しい関係を持ってくださるのです。

 私たちは、自分に害を与えた人を赦したとしても、その人がしたことを全く忘れるということができない者です。また、その人と親しい関係を築いていくことのむずかしさを感じる者です。

 しかし、イエス様による神様の赦しは、赦した人のしたことを思い出さず、親しい関係を築くことを望むというものです。

 そのような完全な「赦し」は、イエス様に倣う信仰生活の中での訓練によって学んでいくものです。私たちの地上での歩みの中で、「赦す」という訓練と学びをしっかりと受けて行きましょう。ハレルヤ!


投稿者 : akikawa 投稿日時: 2015-03-11 14:07:31 (680 ヒット)

2014年7月27日 『赦していないということ』 詩篇51篇

 

 51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
 51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
 51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
 51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
 51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
 51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
 51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。
 51:8 わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
 51:9 み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
 51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
 51:11 わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
 51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。
 51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者にあなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。
 51:14 神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
 51:15 主よ、わたしのくちびるを開いてください。わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。
 51:16 あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげてもあなたは喜ばれないでしょう。
 51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。
 51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください。
 51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、全き燔祭とを喜ばれるでしょう。その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。

 

  クリスチャン人生の最大の課題は、「赦す」ということです。

 クリスチャンは、自分に害を与える人を赦すということにおいて、心の中では本当の意味で赦していないのに、赦しているかのように自分と他者を欺いてしまうことが時々あるのではないでしょうか?それは偽善であるということを神様の霊である聖霊によって教えていただけるクリスチャンは幸いです。その人は、偽善的な赦しをしている自分の罪を神様の前に悔い改めて、イエス様による救いの恵みの中で赦され、新しく造りかえられて、本当の意味で「赦す」ことを体験できるからです。

 神様の前に砕かれた悔いた心でいることによって、私たちは、「赦していない」罪から解放されて自由になることができるのです。イエス様の救いの恵みによってそのように導かれていることを感謝しましょう。ハレルヤ!

 

 

 


投稿者 : akikawa 投稿日時: 2015-03-11 13:50:05 (650 ヒット)

2014年7月20日 『心の解放』 ヨハネの第一の手紙1章5〜10節


 1:5 わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。
 1:6 神と交わりをしていると言いながら、もし、やみの中を歩いているなら、わたしたちは偽っているのであって、真理を行っているのではない。
 1:7 しかし、神が光の中にいますように、わたしたちも光の中を歩くならば、わたしたちは互に交わりをもち、そして、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである。
 1:8 もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。
 1:9 もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
 1:10 もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。 

 

 真の心の解放は、罪が赦されていることから発生するものです。

 罪の赦しを与えてくださる救い主イエス・キリストを信じる信仰によって、神様は私たちの罪を赦してくださると新約聖書に書かれています。(7節)

 自分の罪を神様の霊である聖霊によって示され、神様の前に罪を認めて告白し、悔い改めて、救い主イエス様に頼って罪の赦しをいただいて救われることによって、神様との平和な関係が生まれ、罪の束縛から心が解放されるのです。

 そして、神様と共に生きていく者とされて、その人の内に聖霊が宿り、私たちの暗かった心が真理の光によって照らされて明るくされ解放される人生を歩めるのです。

 罪は、私たちと神様との関係を断絶し、私たちの心に真理の光を届かなくさせるものです。ですから、私たちの歩みが神様の前に常に正しい歩みをしているかどうかを聖霊によって教え導いていただき、罪が示されたら悔い改めて、救い主イエス様に頼って赦しの恵みをいただいて、神様との平和な関係の中、真理の光に照らされて歩めるようにしていただくのです。

 聖霊により、信じる者と共におられる父なる神様、神の子なる救い主イエス様との交わりにより、真理の光の中を歩んでいきましょう。ハレルヤ!

 


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