message-2026/03/22
『エルサレムへ預言』 イザヤ書29章、36章~39章、列王紀下18章~20章、歴代志下32章
13主は言われた、
「この民は口をもってわたしに近づき、
くちびるをもってわたしを敬うけれども、
その心はわたしから遠く離れ、
彼らのわたしをかしこみ恐れるのは、
そらで覚えた人の戒めによるのである。
14それゆえ、見よ、わたしはこの民に、
再び驚くべきわざを行う、
それは不思議な驚くべきわざである。
彼らのうちの賢い人の知恵は滅び、
さとい人の知識は隠される」。
15わざわいなるかな、
おのが計りごとを主に深く隠す者。
彼らは暗い中でわざを行い、
「だれがわれわれを見るか、
だれがわれわれのことを知るか」と言う。
16あなたがたは転倒して考えている。
陶器師は粘土と同じものに思われるだろうか。
造られた物はそれを造った者について、
「彼はわたしを造らなかった」と言い、
形造られた物は形造った者について、
「彼は知恵がない」と言うことができようか。
17しばらくしてレバノンは変って肥えた畑となり、
肥えた畑は林のように
思われる時が来るではないか。
18その日、耳しいは書物の言葉を聞き、
目しいの目はその暗やみから、見ることができる。
19柔和な者は主によって新たなる喜びを得、
人のなかの貧しい者は
イスラエルの聖者によって楽しみを得る。
20あらぶる者は絶え、
あざける者はうせ、
悪を行おうと、おりをうかがう者は、
ことごとく断ち滅ぼされるからである。
21彼らは言葉によって人を罪に定め、
町の門でいさめる者をわなにおとしいれ、
むなしい言葉をかまえて正しい者をしりぞける。
22それゆえ、昔アブラハムをあがなわれた主は、ヤコブの家についてこう言われる、
「ヤコブは、もはやはずかしめを受けず、
その顔は、もはや色を失うことはない。
23彼の子孫が、その中にわが手のわざを見るとき、
彼らはわが名を聖とし、
ヤコブの聖者を聖として、
イスラエルの神を恐れる。
24心のあやまれる者も、悟りを得、
つぶやく者も教をうける」。イザヤ書29章
「メッセージ要約」
主は、ご自身が選び、この世から召し出されたイスラエルの民に対して特別な関係をもっておられました。 それは全人類の祝福(救い)の基となる民族だからです(創世記
12:1~3)。イザヤ書29章の「アリエル」の意味は、祭壇の炉という意味があり、南ユダ王国の首都エルサレムのことを表しています。
① アリエル(エルサレム)がアッスリア軍に包囲されるが守られる…主の御業(1~8)
アッスリヤの王セナケリブ率いる軍隊によるエルサレムへの脅威(36章)
主がみ使いを遣わし、アッスリヤ軍を滅ぼしてエルサレムを守られる(37:36)
※参考…列王紀下18章、19章、歴代志下32:1~23
② しかし、南ユダ王国は霊的堕落によって滅びに向かう (9~16)
主が深い眠りの霊を彼らにそそがれて、霊的昏睡状態にされた(9~12)
彼らの形式的、偽善的礼拝を主は裁かれる(13~14)
彼らは主を恐れず、本末転倒した考え方がある(15~16)
③ 「その日」…終末におけるイスラエルの残りの者の救いの預言 (17~24)
救い主イエスの地上再臨前にイスラエルの残りの者は、聖霊によりイエスを救
い主(待ち望んでいた救い主)と信じで救われる…救いの喜び楽しみ(18~19)
主を恐れ、聖霊によって悟りを得て教えを受ける(22~24)
南ユダ王国のヒゼキヤ王は、先祖ダビデ王のように主の目にかなう事を行い、主に守られていました。しかし、隣国のエジプトに頼ったり(列王紀下18:19~25)、バビロンにも頼ることがあったようです(列王紀下20:12~21、歴代志下32:31、イザヤ39:1~8)。南ユダ王国のヒゼキヤ王への主の訓練は、どんなことがあっても主を恐れて主により頼み、主にのみ仕えるための訓練でした。私たちもそれぞれの生活の場で同じように訓練を受けています。聖霊様の助けによって、信仰の導き手であり、またその完成者である救い主イエス様を仰ぎ見つつ生活しましょう。 ハレルヤ!
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