message-2011/12/25
12月25日 『救い主降誕』 ルカによる福音書1章5節~2章7節
1:5 ユダヤの王ヘロデの世に、アビヤの組の祭司で名をザカリヤという者がいた。その妻はアロン家の娘のひとりで、名をエリサベツといった。
1:6 ふたりとも神のみまえに正しい人であって、主の戒めと定めとを、みな落度なく行っていた。
1:7 ところが、エリサベツは不妊の女であったため、彼らには子がなく、そしてふたりともすでに年老いていた。
1:8 さてザカリヤは、その組が当番になり神のみまえに祭司の務をしていたとき、
1:9 祭司職の慣例に従ってくじを引いたところ、主の聖所にはいって香をたくことになった。
1:10 香をたいている間、多くの民衆はみな外で祈っていた。
1:11 すると主の御使が現れて、香壇の右に立った。
1:12 ザカリヤはこれを見て、おじ惑い、恐怖の念に襲われた。
1:13 そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。
1:14 彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。
1:15 彼は主のみまえに大いなる者となり、ぶどう酒や強い酒をいっさい飲まず、母の胎内にいる時からすでに聖霊に満たされており、
1:16 そして、イスラエルの多くの子らを、主なる彼らの神に立ち帰らせるであろう。
1:17 彼はエリヤの霊と力とをもって、みまえに先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備えるであろう」。
1:18 するとザカリヤは御使に言った、「どうしてそんな事が、わたしにわかるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています」。
1:19 御使が答えて言った、「わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに語り伝えるために、つかわされたものである。
1:20 時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる」。
1:21 民衆はザカリヤを待っていたので、彼が聖所内で暇どっているのを不思議に思っていた。
1:22 ついに彼は出てきたが、物が言えなかったので、人々は彼が聖所内でまぼろしを見たのだと悟った。彼は彼らに合図をするだけで、引きつづき、口がきけないままでいた。
1:23 それから務の期日が終ったので、家に帰った。
1:24 そののち、妻エリサベツはみごもり、五か月のあいだ引きこもっていたが、
1:25 「主は、今わたしを心にかけてくださって、人々の間からわたしの恥を取り除くために、こうしてくださいました」と言った。
1:26 六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。
1:27 この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。
1:28 御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。
1:29 この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。
1:30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。
1:31 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。
1:32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、
1:33 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。
1:34 そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。
1:35 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。
1:36 あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。
1:37 神には、なんでもできないことはありません」。
1:38 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
1:39 そのころ、マリヤは立って、大急ぎで山里へむかいユダの町に行き、
1:40 ザカリヤの家にはいってエリサベツにあいさつした。
1:41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、
1:42 声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。
1:43 主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。
1:44 ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。
1:45 主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。
1:46 するとマリヤは言った、「わたしの魂は主をあがめ、
1:47 わたしの霊は救主なる神をたたえます。
1:48 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、
1:49 力あるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。そのみ名はきよく、
1:50 そのあわれみは、代々限りなく/主をかしこみ恐れる者に及びます。
1:51 主はみ腕をもって力をふるい、心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、
1:52 権力ある者を王座から引きおろし、卑しい者を引き上げ、
1:53 飢えている者を良いもので飽かせ、富んでいる者を空腹のまま帰らせなさいます。
1:54 主は、あわれみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました、
1:55 わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを/とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。
1:56 マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った。
1:57 さてエリサベツは月が満ちて、男の子を産んだ。
1:58 近所の人々や親族は、主が大きなあわれみを彼女におかけになったことを聞いて、共どもに喜んだ。
1:59 八日目になったので、幼な子に割礼をするために人々がきて、父の名にちなんでザカリヤという名にしようとした。
1:60 ところが、母親は、「いいえ、ヨハネという名にしなくてはいけません」と言った。
1:61 人々は、「あなたの親族の中には、そういう名のついた者は、ひとりもいません」と彼女に言った。
1:62 そして父親に、どんな名にしたいのですかと、合図で尋ねた。
1:63 ザカリヤは書板を持ってこさせて、それに「その名はヨハネ」と書いたので、みんなの者は不思議に思った。
1:64 すると、立ちどころにザカリヤの口が開けて舌がゆるみ、語り出して神をほめたたえた。
1:65 近所の人々はみな恐れをいだき、またユダヤの山里の至るところに、これらの事がことごとく語り伝えられたので、
1:66 聞く者たちは皆それを心に留めて、「この子は、いったい、どんな者になるだろう」と語り合った。主のみ手が彼と共にあった。
1:67 父ザカリヤは聖霊に満たされ、預言して言った、
1:68 「主なるイスラエルの神は、ほむべきかな。神はその民を顧みてこれをあがない、
1:69 わたしたちのために救の角を/僕ダビデの家にお立てになった。
1:70 古くから、聖なる預言者たちの口によってお語りになったように、
1:71 わたしたちを敵から、またすべてわたしたちを憎む者の手から、救い出すためである。
1:72 こうして、神はわたしたちの父祖たちにあわれみをかけ、その聖なる契約、
1:73 すなわち、父祖アブラハムにお立てになった誓いをおぼえて、
1:74 わたしたちを敵の手から救い出し、
1:75 生きている限り、きよく正しく、みまえに恐れなく仕えさせてくださるのである。
1:76 幼な子よ、あなたは、いと高き者の預言者と呼ばれるであろう。主のみまえに先立って行き、その道を備え、
1:77 罪のゆるしによる救を/その民に知らせるのであるから。
1:78 これはわたしたちの神のあわれみ深いみこころによる。また、そのあわれみによって、日の光が上からわたしたちに臨み、
1:79 暗黒と死の陰とに住む者を照し、わたしたちの足を平和の道へ導くであろう」。
1:80 幼な子は成長し、その霊も強くなり、そしてイスラエルに現れる日まで、荒野にいた。
2:1 そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
2:2 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
2:3 人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
2:4 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5 それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。
2:6 ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
2:7 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。
私たちの救い主イエス・キリストの御降誕をお祝い申し上げます。
イエス様がお生まれになったことを祝うクリスマス。この救い主降誕には、神様の多くの奇蹟が現されました。
まず、ザカリヤとエリサベツは老年の夫婦であり、妻は不妊の体であるにも関わらずに神様の御心により、子を宿すことになり、その子は、母の胎内にいるときから聖霊に満たされている男の子でした。彼は、イエス様が神の国を宣べ伝える公けの生涯に入られる前に、イエス様のために道を備える使命を持って生まれてきたバプテスマのヨハネでした。(1:5~25、39~45、57~80)
この老年の夫婦に子どもが与えられるということ、そして、その子は胎内にいる時から聖霊に満たされていることで、イエス様を受胎したマリヤの挨拶の言葉を聞いただけで胎内のヨハネが喜び踊り、その母体のエリサベツも聖霊に満たされて預言しました(1:39~45)。生まれ育ったヨハネは聖霊に益々満たされて、ヨハネに与えられた使命のために定められた時まで荒野にいて待っていたことなど、人の考えを越えた神様の目的とご計画に従って、奇蹟が現されていきました。
神様がなさる奇蹟には、このように意味があり、神様の目的、使命があると言えます。
救い主イエス様を受胎したマリヤにも大きな奇蹟がありました。神の御使ガブリエルによる受胎告知で、聖霊により救い主イエスを受胎するとの言葉を聞いて信じたマリヤが、その言葉通りに受胎すること、そして、マリヤが親族のエリサベツを訪れて挨拶をした時のエリサベツの胎内の子の様子、エリサベツの預言の言葉を聞いて、マリヤも預言して救い主受胎の喜びを語ったこと(1:39~56)、当時パレスチナを支配していたローマ帝国の行政上の人口調査のためとは言え、ベツレヘムで救い主イエス様がお生まれになったことによる旧約聖書の預言の成就のことなど、このように、神様は、私たち全人類を罪から救う目的と計画のために救い主イエス様に使命を与えて遣わされ、また、救い主の母マリヤにも使命を与えて奇蹟を行われました。
私たちが今、命を与えられてこの地上に存在していることも、神様の奇蹟の業の現れであると考えることができます。私たちの両親がどのように出会いどのように生活して私たちを受胎して出産に導かれたかを考える時に、神様の介入による奇蹟を思います。
そうであるならば、私たち一人ひとりにも神様からの使命が与えられていて、神様の目的を実現するために存在していることを思い、神様のご計画に従って生きていくことの大切さを覚えます。
「神様の奇蹟には、使命があり、目的があり、計画がある」 このことを私たちに教えてくれるのが、聖霊です。
バプテスマのヨハネは、母の胎内にいる時から聖霊に満たされ、聖霊に満たされながら成長し、聖霊の導きにより行動していました。
マリヤは御使いが告げた神様の言葉を信じて、聖霊により救い主を受胎して、神が人となるということが、このことにおいて実現しました。
イエス様を信じている私たちのうちにも聖霊が住んでくださっていますので、聖霊により私たちは、神様の奇蹟を日々体験できるように新しく造られています。自分に命が与えられて存在していることの意味を知り、使命を教えていただき、どのような目的を具体的に成し遂げるべきか、そのために、神様のご計画に従っての時と方法を教えて頂いて、聖霊に導かれて実行に移していく時に、私たちは神様の奇蹟を体験します。
エリサベツとマリヤのように、教会の兄弟姉妹との間で、聖霊による一致と喜びがあることかも知れません。また、聖霊により教えられた神様のご計画をマリヤのように、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身になりますように」と受けとめて、神様の計画を実行して行くときに、奇蹟を体験することかもしれません。
救い主降誕の中に働かれた聖霊は、今も変わらないお方です。聖霊による神様の奇蹟を日々体験して生活していきましょう。ハレルヤ!