message-2014/7/27

2014年7月27日 『赦していないということ』 詩篇51篇

 
 51:1 神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
 51:2 わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわたしを清めてください。
 51:3 わたしは自分のとがを知っています。わたしの罪はいつもわたしの前にあります。
 51:4 わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪い事を行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。
 51:5 見よ、わたしは不義のなかに生れました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
 51:6 見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
 51:7 ヒソプをもって、わたしを清めてください、わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください、わたしは雪よりも白くなるでしょう。
 51:8 わたしに喜びと楽しみとを満たし、あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
 51:9 み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
 51:10 神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
 51:11 わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。
 51:12 あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。
 51:13 そうすればわたしは、とがを犯した者にあなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう。
 51:14 神よ、わが救の神よ、血を流した罪からわたしを助け出してください。わたしの舌は声高らかにあなたの義を歌うでしょう。
 51:15 主よ、わたしのくちびるを開いてください。わたしの口はあなたの誉をあらわすでしょう。
 51:16 あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔祭をささげてもあなたは喜ばれないでしょう。
 51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。
 51:18 あなたのみこころにしたがってシオンに恵みを施し、エルサレムの城壁を築きなおしてください。
 51:19 その時あなたは義のいけにえと燔祭と、全き燔祭とを喜ばれるでしょう。その時あなたの祭壇に雄牛がささげられるでしょう。

    クリスチャン人生の最大の課題は、「赦す」ということを実行することです。

 クリスチャンは、自分に害を与える人を赦すということにおいて、心の中では本当の意味で赦していないのに、赦しているかのように自分と他者を欺いてしまうことが時々あるのではないでしょうか?

 そのことが偽善であるということを神様の霊である聖霊によって教えていただけるクリスチャンは幸いです。その人は、偽善的な自分の罪を神様の前に悔い改めて、イエス様による救いの恵みの中で赦され、新しく造りかえて頂き、本当の意味で「赦す」ということを体験できるからです。

 私たちは、神様の前に悔いた砕かれた心でいることによって、「赦していない」罪から解放されて自由になることができるのです。 

 イエス様の救いの恵みによってそのように導かれていることを感謝しましょう。ハレルヤ!