message-2011/5/15

5月15日 『信仰』 マルコによる福音書4章35~41節

4:35 さてその日、夕方になると、イエスは弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と言われた。
4:36 そこで、彼らは群衆をあとに残し、イエスが舟に乗っておられるまま、乗り出した。ほかの舟も一緒に行った。
4:37 すると、激しい突風が起り、波が舟の中に打ち込んできて、舟に満ちそうになった。
4:38 ところが、イエス自身は、舳の方でまくらをして、眠っておられた。そこで、弟子たちはイエスをおこして、「先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか」と言った。
4:39 イエスは起きあがって風をしかり、海にむかって、「静まれ、黙れ」と言われると、風はやんで、大なぎになった。
4:40 イエスは彼らに言われた、「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか」。
4:41 彼らは恐れおののいて、互に言った、「いったい、この方はだれだろう。風も海も従わせるとは」。

 イエス様と弟子達がガリラヤ湖に船で乗り出したとき、突然の激しい突風で大波になり、船が波にもまれ、船の中に水が入ってきて今にも転覆しそうになったように、私たちの人生においても思いもよらない問題に遭遇したり、乗り越えなければならない大きな課題を抱えることがあります。そのような時、弟子達のように私たちの心も、恐れと不安で混乱してパニックになることがあるのではないでしょうか。

 そして、問題解決をしてくださらない神様に怒りをぶつけてしまったり、見捨てられたように感じてしまうことがあるのではないでしょうか。

 そのような弟子達のためにイエス様は、「静まれ、黙れ」と、風と海に命じて荒れた湖を大なぎにして下さり、「なぜ、そんなにこわがるのか。どうして信仰がないのか」と問いかけられました。

 私たちの心のガリラヤ湖が大きく波打つ時、イエス様はまず私たちに、「静まれ、黙れ」と命じられ、主の前に静まり、黙り、共におられる主が私たちをこよなく愛してくださり、私たちに良いことをしてくださる方であることを信じるように求められるのではないでしょうか。

 そして、動揺する私たちの心のガリラヤ湖も静めて、大なぎの平安にしてくださいます。

 人生の海の嵐の中でもまれる時、共におられるイエス様は、私たちをとことん愛してくださり、どんなことでもおできになる方であることを信じて従っていきましょう。ハレルヤ!