message-2012/11/4
2012年11月4日 『関わり』 ルカによる福音書19章1~10節
19:1 さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。
19:2 ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。
19:3 彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。
19:4 それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。
19:5 イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。
19:6 そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。
19:7 人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。
19:8 ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」。
19:9 イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。
19:10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。
この聖書記事には、「ザアカイ」という人が登場します。「ザアカイ」という名前には、「義人」、「きよい人」という意味があります。この人は、当時ローマ帝国の支配下にあったイスラエルで、税金を取り立てる仕事をしていました。当時の取税人の多くは、ローマ帝国が査定した税額に利幅をとって私腹を肥やしていた現状がありました。このザアカイもそのような人物であったようで、名前の意味とは全く違う生き方をしており、同胞のユダヤ人から嫌われていたようです。
そのようなザアカイですが、イエス様が自分の町を通られるとのうわさを聞いて、何とかしてひと目見たいと思いましたが人垣で見えないため、いちじく桑の木に登ってイエス様を見ようとしていました。
イエス様は、神が人となられた方なので、木に登っているザアカイとは初対面であっても名前を知っておられ、ザアカイの心の孤独を知っておられました。イエス様は彼に、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」(5節) と、声をかけられました。すべてを知っておられるイエス様は、ザアカイの罪深い生活もご存知だったと思います。しかし、このときイエス様は、まず、ザアカイがもっとも必要としていた、彼の孤独感を癒すことをしてくださいました。
イエス様の愛にザアカイの心は満たされ、自分の罪を悔い改めて、生き方を変える決心をしました。 「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」(8節)
ザアカイの告白に対してイエス様は、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」(9~10節) と、ザアカイの救いを宣言されました。
イエス様は、私たち一人ひとりを良くご存知で、一人ひとりの切実な必要を知っておられ、その必要を満たしてくださる方です。そのイエス様の愛に私たちがふれられる時に、ザアカイのように自分の罪深さを心底認めて悔い改めて、生き方を180度方向転換して、イエス様に従って行く生き方に変えられます。
そのような恵みが、今も私たちに注がれていることを感謝しましょう。ハレルヤ!