message-2013/11/24

2013年11月24日 『収穫のための献身』 ガラテヤ人への手紙2章20節

生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

 この言葉は福音宣教者パウロの信仰告白です。自分が何者であるかを手紙文に著しています。

 ゴスペルフォーク・ヒット集『友よ歌おう』(1976年いのちのことば社)に、「主の手足になろう」という賛美があります。歌詞の内容は、主と同じ心になって、主の手足になって人々の救いのために伝道しようという内容です。

 パウロはまさにそのように生きた収穫の主のための働き人です。そのために自分自身を主にささげて、キリストのためにすべてのものを捨てることができた人です。これを献身といいます。

 世の中の各分野でも多くの方々の献身的な働きによって、すばらしい、感動的な働きを見ることがあります。

 私たちの働きは、「永遠の命に至る実」である、救い主イエス様を信じる信仰によって罪赦されて神様と共に生きていくように導かれた人々を集める働きです。私たちは、この働きのために有益に用いられる者となるために、パウロに倣って、キリストの愛の中に生かされている自分を見出して、自分自身をキリストにささげることができるように導いてくださる、神の霊である聖霊に自分自身を委ねましょう。

 収穫の主と共に働くために、主に用いられやすい働き人として献身していきましょう。ハレルヤ!