message-2013/5/12

2013年5月12日 『弟子をつくる』 マタイによる福音書28章18~20節

28:18 イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。
28:19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、
28:20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

 弟子は師に倣う者です。イエス様の弟子とは、イエス様に従って学ぶ者であり、イエス様に似た性質が培われ、イエス様に倣って神と人とに仕える者です。

 イエス様は弟子達に、弟子をつくるように命じられました(19節)。福音を語るだけではない、教会に人を連れてくるだけではない、イエス様の弟子をつくることを求めておられます。

 私たちは、神様に選ばれてイエス様の弟子となって、イエス様の証人として立てられて、イエス様の弟子をつくるために遣わされている者であることを自覚しなければいけません。(ヨハネ15:16)

 イエス様の弟子であるパウロから学んでみましょう。

「 しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。 わたしたちは、救われる者にとっても滅びる者にとっても、神に対するキリストのかおりである。 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。 しかし、わたしたちは、多くの人のように神の言を売物にせず、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである。」(Ⅱコリント2:14~17)

  私たちが弟子をつくるときにまず考えなければいけないことは、弟子は師に似るということです。ですから、まず、私たちがイエス様の弟子としてふさわしい生き方をする必要があります。それはキリストの福音にふさわしく生活することであり、パウロたちのように、神様が彼らを通して、いつでもキリストを知る知識の香りを放ってくださるようになり、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである」(17節)とあるように、常に神様の御前にいる自分を忘れず、真実に、誠心誠意、キリストにある福音の真理を忠実に語ることが大切なことであると思います。

 そのような姿勢で、私たちもイエス様の弟子をつくることに関わっていく者となりましょう。ハレルヤ!

 

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